年齢 | できごと | 一口メモ |
0歳 | 誕生 | 1956/9/1ハワイはオアフ島で生まれると同時に九州・福岡へ。 |
1歳 | テレビ出演 | おむつの広告モデルに。「もみあげのあかちゃん」として、おむつ業界では一躍有名人。 |
3歳 | 保育園に入園 | いたいけなもみあげで保母さんのハートをメロメロにする。 |
4歳 | 保育園の劇の発表会にて初舞台 | 森の中の木の役(せりふ無し)でありながら、圧倒的な存在感と色気で、参観に来ていたお母様方を骨抜きに。 |
6歳 | 小学校入学 | 入学式で隣に座ったクラスメートを口説き落とす。 |
9歳 | 初めての駆け落ち | 近所の明子ちゃんと隣町をめざすが迷子になって補導。当時の絵日記より一言。「大人は分かってくれない。」 |
13歳 | 中学校入学 | 社交ダンス部を作ろうとするが学校に反対される。「偏差値教育のゆがみを感じた」(当時の日記より)。 |
15歳 | 高校入学、1年生 | 花から花へ渡り歩き、2学期の終わりにはクラスの女子全員とつきあうというドン・ファンぶりを発揮。 |
16歳 | 高校三年生 | 学内の女生徒はすべて「知り尽くした」ため旅に出る。青春18切符を利用して日本中の女性をターゲットに「宿カリ」生活を続ける。 |
18歳 | 高校卒業と同時に最初の結婚 | 高校卒業と同時に最初の結婚。お相手は39歳、3人の子連れの肝っ玉母さん。" |
18歳 | 初めての離婚 | わずか3ヵ月の結婚生活。女遊びが原因か? 「何もしなくてもモテてしまうのだからしかたない」(当時の言い草)。" |
20歳 | 流しをはじめる | 当時をよく知る新地のママのコメント 「あの人、まだ居たの?へぇ・・・。」 |
20歳 | レコード会社と契約 | "彼を見出した音楽プロデューサーA氏のコメント。 「あのもみあげを見て、これはいけるぞと感じました。」 |
23歳 | 「もみ上げて赤坂」にてレコードデビュー | レコード会社がセールス・ポイントをもみあげに決める。 雑誌のインタビューでは歌ではなく、もみあげのことばかり聞かれた。」 |
暗黒期 | 鳴かず飛ばずの苦しい時代。この間リリースされたナンバーとしては「恋する尼崎」「栗とリスの物語」「米ブルース(ベイ・ブルース)」「宇宙人になりたい」(*)等がある。(*)現在、全て廃盤にて入手不可。 | |
37歳 | スマッシュヒット「恋のギンギンパラダイス」を発表 | 「ギンギンパラパラ」のフレーズが受けたらしく、全国の小学生の間で大ヒット。栗須田のまねをしてもみ上げをつけるのが大はやり。あまりの過熱振りに社会問題となる。しかしこの後、再び長い暗黒期を迎える。 |
暗黒第二期 | この間、唯一のレギュラーとして「あの人は今」に年一回の出演で、歌手生命をつなぐ。催し物会場などで活躍。 | |
42歳 | 渾身の一曲「濡れて木屋町めぐりあい」を発表 | ご当地である京都をはじめとして、全国でキャンペーンを展開。精力的な活動を行う。バイアグラで精力も増強。 |
43歳 | 灼熱のロックンロールナンバー「あんたにWantYou」を発表 | 「友人のセラ君にアドバイスをもらった」というステージ・アクションであるが、その友人が「太陽にほ○ろ!」のボギー刑事であるかは不明。 |
現在にいたる |
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